68年5月15日前後:「バリケードの夜」のあとさき

ノルマンディーからパリに帰った西川さん夫妻は、15日以降、カルチエ・ラタン通いを再開する。まず目についたのは、5月10日~11日にかけてのの最初の「バリケードの夜」の生々しい痕跡である。フランスでバリケード闘争の歴史は古く、とりわけ19世紀には、1848年の二月革命、1871年のパリ・コミューンと、都市民・労働者が蜂起するたびに繰り返しとられてきた戦術でもあった。最初の「バリケードの夜」のあと、この夜の闘争の中心となったゲ・リュサック街(高等師範学校のあるユルム街からサン・ミシェル通りに通ずる道)は、学生活動家たちには「5月11日街」と呼びならわされた。11日、外遊先のアフガニスタンから帰国したポンピドゥー首相は、深夜に緊急のテレビ演説を行い、学生側の主張に対する譲歩を表明する。「5月11日街」はそのささやかな勝利の記念碑だった。

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